「手嶋毅 365日のパピエ・コレ展」への寄稿文

       

 

  時よ、とまれ されど 時よ、うごけ               前田富士男(まえだ ふじお・慶應義塾大学名誉教授)

         ―― 手嶋毅のカット・アウト作品                                       


「テシマ・ユニバース」の出現                           河口洋一郎(かわぐち  よういちろう・東京大学大学院教授、2012年SIGGRAPH  Distinguished Artist Award、2013年紫綬褒章受章)


A  DAY」、その感性のアーカイブ               福森大二郎(ふくもり だいじろう・大学講師、デジタルアーカイブ・メディア研究)






                               

時よ、とまれ されど 時よ、うごけ

―― 手嶋毅のカット・アウト作品

    前田富士男


 手嶋毅の《‘15.4.11》は、黄や黒の色紙をカット・アウトし、台紙に貼り合わせた作品である。色紙は、水性・アクリル性絵具の賦彩と描形を加え、茎頂や花卉を示す植物の輪郭のフォルムに変わってゆく。

 画家アンリ・マチス(1869-1954)は最晩年に、カット・アウト世界を創出した。アトリエで、みずからグヮッシュで着色した紙を、植物の葉の輪郭形に鋏で切り抜き、それと同じようなフォルムを無数に複製化・複数化するためにカットしてゆく。アトリエの大きな壁面にそれをピンでとめ、あるいは、小さな平面上に布置する――画家のカット・アウトのポートフォリオを編集・出版したアーティスト・ブック《ジャズ》(1947) はよく知られている。しかし、そもそも「本」という形式はその複数性を基本にする商品だとしても、カット・アウト世界にはふさわしくない。なぜなら、カット・アウトの特性は、まず地と図の明確な分節、そしてフォルムの反復に、複数性に、すなわち「アラベスク」にあるからだ。


  「コンポジションをつくるもの――植物の葉、果物、はさみ、庭。これらの間の余白を規定するのは、カット・アウトした色紙のアラベスクです。アラベスクは、余白の白には感知しがたい特質を示します。それは、コントラストにほかなりません」マチス、1952


 簡潔に言い換えれば、マチスは、カット・アウトした輪郭のフォルムを「線」と把握し、図としてのこの「線」と、小さい色面の反復としてのアラベスクの「色彩」との「コントラスト」を確認するのだ。マチス作品では、カット・アウトした「図」の上にさらに「図」を重ね合わせる仕方は、ありえない。アラベスクとは単純に、反復性、複数性なのだ。だから、図形を何重にも貼り合わせる、つまり「パピエ・コレ(紙の貼り合わせ)」は、「カット・アウト」とは本質を異にする技法だ。マチス作品では、地と図、垂直と水平、輪郭線と色面など、コントラストの「空間性」こそが重要な指標にほかならない。

 手嶋はたしかに、自身の作品を「パピエ・コレ」と呼ぶ。むしろ「図」の重ね合わせを大切にし、しかもマチスにはありえない「日付け」まで画面に印す。制作を毎日行う「時間持続性」が重要となる。これは、マチスの「カット・アウト」の否定にも思われよう。しかし、そうではない。

 手嶋の作品はすべて、切り抜いた図の輪郭、そして台紙と図形の関係、「地と図」の関係を明示するから、やはり「カット・アウト」と呼ばざるをえない。ただし、そこに毎日の制作の持続性が、つまり植物の類似したフォルムの反復と複数化、フォルムのずれを反芻する日々の持続が作動するのだ。マチス作品の空間性のアラベスクは、「時間のアラベスク」に組み換えられてゆく。

 こうした大げさな謂いは、およそ手嶋が同意するはずもない。長くアーカイヴ・デザインを職業としてきた者の手になるこうした日常的な制作は、日々、花を活ける華道の私的な、ささやかな造形上のパラフレーズにすぎない、むろん「日付け絵画」でもない――手嶋はそう反論するにちがいない。

 だが、現代の美術史学・芸術学の方法論争に直面するわれわれからみると、芸術という旗幟を誇示しないこうした鋭利な生活世界インサイドの活動は、じつは挑発にみちている。なぜなら、手嶋の作品は「活け花」のように、植物の生命形態の変化を主題とするからだ。しかもそれは、ほんの小さな差異を「ずれ」や反復、複数性として提示しつつ、まさにそこに「生き生きとした」フォルムの本質を黙示してやまないからだ。

 英国の生物学者チャールズ・ダーウィン(1809-1902) は『植物の運動力』(1880, 渡辺仁訳、森北出版、1987)で、植物の生長の観察成果を発表した。進化論として著名な生命史の原点『種の起源』(1859)とは全く対照的に、植物の芽生え後の微細な生長運動を延々と記録・記述し、そこに必ず「回転」がともなう単純な事実を報告する。微分的な差異、ずれ、回転の反復というアラベスクは、「生き生きとしたフォルム」の根源的イメージを開示する。ドイツの文学者・自然科学者ゲーテも『植物のメタモルフォーゼ』(1790)で、それを「分極と高昇」の動きと理解した。これは、微分的なアラベスクの動きの知覚以外の何ものでもない。わが国の認知科学者佐々木正人がこうした知覚を『レイアウトの法則――アートとアフォーダンス』(2003)として、環境と人間との出会いの根源に位置づけていることも周知だろう。

 こうした研究上の文脈はいま括弧にいれてかまわない。けれども、われわれが手嶋とともに、生命形態の動きを前に、ふとイメージの翼をひろげうる事実は見過ごすべきではない。


「一本のイチジクの木に同じ葉は二枚とない/葉の一枚一枚はすべて違ったフォルムをしている/それでもなお、それぞれの葉は語りかけてやまない/イチジクだ、と」(マチス『ジャズ』1947) 


ひとまず、ファウストの驥尾に付するか否かはおき、手嶋毅の日々のモットーをしずかに確かめよう――「されど 時よ、うごけ」と。

                             (まえだ ふじお・慶應義塾大学名誉教授)




「テシマ・ユニバース」の出現

                                  河口洋一郎

 手嶋さんとのつきあいは古い、もう30年目ほどになる。

 手嶋さんはデジタル化が進んだ我が国トップの印刷会社で電子メディアの応用開発を担当していた。その頃私は、自分が産み出したプログラムによってカタチが自己増殖し自己組織化して成長していく造形表現理論「GROTH model」によって数々の作品を海外で制作発表をしていた。そして、コンピュータグラフィックスCG)の新しいデジタル表現メディアとして、いち早く開発中のHDTV(ハイビジョン)に着目し、私が造る芸術生命体の宇宙(ユニバース)を表現したいと考えていた。

 今年30回目を迎える「1212の会」という毎年12月12日に集まる会がある。HDTVの開発時代からその仲間が集まっている。その幹事が手嶋さん。その仲間たちと一緒にHDTVの応用を研究していたNVS(ニュービデオシステム)研究会という集まりがあり、私はCGを担当し、手嶋さんはその会の電子出版技術小委員会の委員長だった。その研究会の協力を得て、世界で初めてのHDTVによる高精細なCG作品《FLORA(フローラ)》を制作、1990年ダラスで開催されたCGの国際会議SIGGRAPH’90で、HDTVで大好評で上映するとともに、コンピュータ画像データを手嶋さんのところで印刷した大判のポスターは、好評のあまり観客に持って行かれてしまい名誉に感じたことを思い出す。CGで生成されたRGB (レッド、グリーン、ブルー)の光の三原色は混じりけが無い色でとても鮮やかである、その鮮やかな色彩がYMCK (イエロー、マゼンダ、シアン、ブラック)の印刷に見事に置き換えられた。創造された一つのデジタル画像が、印刷を始めさまざまなメディアに変換されて表示されるようになった先駆けであった。メディアは時代により発展してきている。80年代後半にこのHDTVによる高精細画像が出現した。いまやさらに高精細な4K、8Kのスーパーハイビジョンである。

 美術に造詣が深い手嶋さんは、その後、高精細画像の美術作品画像データベース、デジタルアーカイブなどを開発推進してきた。退職後は、こどもたちに「美術鑑賞教育」の活動をしている。その手嶋さんの展覧会「365日のパピエ・コレ」である。「パピエ・コレ」とは「紙を貼る」ということ。あくまで紙にこだわっての表現である。

 手嶋さんの紙の上に表現された作品を見たら、CGで生成されたRGBの鮮やかな色と立体的にも感じられるカタチに、水彩やアクリル、あるいはパステルでドローイングが加えられている。それらは色彩とカタチが美しくアレンジされた作品で、毎日一作品づつ制作されている。それらが、一年間のアーカイブは全体として「テシマ・ユニバース」となっているのが私は嬉しい。

 手嶋さん、これからはぜひ「画狂」をめざしましょうね!! 北斎を超えて120歳を超えてザ・ユニバースを乗り越えてレッツゴー!!

       (かわぐち  よういちろう・東京大学大学院教授、2012年SIGGRAPH Distinguished Artist Award、2013年紫綬褒章受章)










A  DAY」、その感性のアーカイブ 


                                  福森大二郎


 日々をコラージュする。何気ないゴム印が記号のように日付を記す。

 1986年、情報化社会の先駆けとなるニューメディアの時代が走り出して数年。手嶋さんは新進の建築家が設計した真新しい東京・中野のGallery ATRIUMで、初の個展となる「A DAY A COLLAGE 展」を開いた。手元に残る数葉のポストカードを改めて見る。凛々しく若い感性が拾い集めた美意識の断片と荒々しくも見える描線で構成されたコラージュには、さりげなく日付が添えられている。当時、情報コミュニケーションが迎えた大きな変革のただなかで、新たなデジタル表現の先陣を切っていた手嶋さんは、どんな思いで白い紙面に向かいあっていたのだろうと、今更ながらに思う。勝手な追憶が許されるのであれば、ソウル・スタインバーグやアンリ・マティスを軽やかに語る若きリーダーは、かつてないビジネス環境のなかで日々の葛藤や感性の高ぶりをコラージュに記していたに違いない。

 手嶋さんがその後、マルチメディアのコンテンツ企画や表現に多大な足跡を残したことは論を待たない。CG、ハイビジョン、CD-ROM、インターネット、そして集大成ともいえるデジタルアーカイブ。とりわけ文化財のデジタルアーカイブへの取り組みは、文化財の記録や公開といった事業領域に確かな道筋をつけるとともに、自らの表現もまた、アーカイブ的な視点で熟成させていたのではないかと思えてならない。

 その間も、手嶋さんの美意識は眠ってはいなかった。2004年、南青山の跡利絵NOPPEで開かれた「手嶋毅の草花入れ陶器展」は、細やかな手わざと仕上がりの完成度で見るものを驚かせた。決して一日のもとに生ることのない立体造形を軽々と呈示する手嶋さんは、すでに一介のサラリーマンの姿ではなかったように記憶している。

 時を経て2015年の秋。筆者の目前には、自在の色彩と不思議な形が躍るコラージュ、否、パピエ・コレが並んだ。膨大な作品群、そしてゴム印の日付。

「A DAY A COLLAGE」は30年の月日を経て、独自の「A DAY」へと昇華し、手嶋さんだけの「A DAY パピエ・コレ」を開花させた。その直截な表現と構図は、生まれたばかりのような若々しい絵画世界を誇示する。アナログからデジタル、グラフィックデザインからファインアートまでをも楽々と渉猟する手嶋さんならではの日々が熟成し、生き生きとアーカイブされているようにも見える。

 揺るぎのない情熱と研ぎすまされた感性のアーカイブ、その連続性。

365日のパピエ・コレ」とは、何と自信に満ちたタイトルだろう!寄り添う日付も新たな生を得た。「A  DAY」、365日の先の「A  DAY」へとつづく。持続する意志のスタイルは休まない。        

                                                                (ふくもり だいじろう・大学講師、デジタルアーカイブ・メディア研究)